長いお別れ

レイモンド・チャンドラーの著した長編小説で清水俊二氏が日本語にしたものを好んで読んでいます。
チャンドラーの作品の中では長編にあたります。

初めてページを手繰ったとき、主人公のフィリップ・マーロウってどんな感じの人なんだろう? と、読みながら考えていたらこういう描写がありました。

「…..髪は濃い鳶色。グレイが少々混じっている。眼も鳶色。身長六フィート一インチ半。体重はおよそ百九十ポンド。姓名はフィリップ・マーロウ。職業は私立探偵。」

アーネスト・ヘミングウェイが確立したとされる乾いた文体、いわゆるハードボイルドってこういうことなんだって感じです。

終始、主人公のマーロウと友人のテリー・レノックスの交わす言葉は少ないですが、お互いの忌憚のない暖かいやりとりに、こんな友達がいたらいいなと感じる瞬間もあります。

「ぼくは店を開けたばかりのバーが好きなんだ。店の中の空気がまだきれいで、冷たくて、何もかもぴかぴかに光っていて、バーテンが鏡に向かって、ネクタイがまがっていないか、髪が乱れていないかを確かめている。酒のびんがきれいにならび、グラスが美しく光って、客を待っているバーテンがその晩の最初の一杯振って、きれいなマットの上におき、折りたたんだ小さなナプキンをそえる。それをゆっくり味わう。静かなバーでの最初の静かな一杯  こんなすばらしいものはないぜ。」

「アルコールは恋愛のようなもんだね」と彼は言った。「最初のキスには魔力がある。二度目はずっとしたくなる。三度目はもう感激がない。それからは女の服を脱がせるだけだ。」

「結婚したときは37でした。女については大ていのことは知ってる年齢です。大ていのことと言ったのは、女について何もかも知りつくしている人間はいないからです。」

文庫で読んでいるのですが、既に五冊目。

この本は手元にいつもおいてあり、時々ふらっと、ページを手繰って、それを繰り返してぼろぼろになってしまい、糸がほつれ、どうにもこうにも読みづらくなると新たに求めています。

初めて読んだのは二十歳の頃で、ずいぶんと感化されてしまった部分もありましたが、しょせんけつの青いガキがまねしても格好がつかないという事もよくわかりました。

この小説の最後で「ギムレットにはまだ早すぎるね。」という台詞が素晴らしいと巷では評判のようですが、それがなぜなのかぼくには未だにわかりません。しかし「ギムレットの似合う大人」になりたいものだとは思います。でも、たとえバーに入っても、(その背景を知っているだけに)なかなか頼みづらいカクテルです。

最近はヴェスパーを頼むこともあるのですが、キナ・リレ というワインの一種が置いてある店が殆ど無くて、結局、バーボンの原酒(カスク・ストレングス)とかをストレートで頼み、チェイサーに氷を入れない水をお願いすることが多いです。

ちなみに「タフでなければ生きていけない、やさしくできなければ生きていく資格がない」

“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”

という台詞は「プレイバック」というチャンドラーの小説に出てきます。

「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と訊かれた時、マーロウがその女性に答えたの時の言葉です。

ときどき、「やさしくなければ」と訳されていることもありますが、“If I couldn’t ever be gentle”とチャンドラーは書いているので「やさしくできなければ」のほうが、チャンドラーの意図に近いと思います。

清水俊二氏の翻訳に加えて、村上春樹の翻訳もあります。
読み比べるとマーロウのキャラが違うので面白いです。

清水俊二氏の翻訳は初出が早いこともあり、今の言葉と少し距離があると感じることもありますけど、ぼくは清水俊二氏のマーロウのほうがやんちゃで好きです。

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