オペラ「椿姫」初演の考察

ヴェルディの作曲したオペラ、ラ・トラヴィアータ。初演は大ブーイングだったと言われています。それはプリマ・ドンナがミス・キャストで、ストーリーのように結核で死ぬようなキャラでは無かったというのが理由らしいのですが。

でも、ソレハホントウデスカ? というのを端緒として考察してみました。

時は1853年3月6日。
ヴェネチアのフェニーチェ劇場でヴィオレッタを演じたのは、時のソプラノ歌手、ファンニー・サルヴィーニ・ドナテッリだったそうです。

しかし、腐っても鯛、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そして胸には一輪の椿、という役を演じるのに、ミス・キャストするかなと思うのです。観客以前に作曲者のヴェルディが怒るでしょ。仮にもプリマ・ドンナだし。

ぼくの結論から言うと、ラ・トラヴィアータのお話しは当時のイタリア人にとって、ストーリーがぶっ飛び過ぎで受け入れられなかったので失敗と言われたのではないのかなと思っています。

この物語のベースにあるのはアプレ・レヴォルシオンといわれるフランス革命の後、無宗教化が進んだ自由奔放なパリです。当時のフランスには封建的土地制度の上に立つ、産業資本主義がもたらした貧富の格差の拡大という問題がありました。

そしてヴェルディがパリでこのオペラを作曲していた頃、時と場所を同じくして、この貧富の格差を何とかしなければと、本気で考えて共産党宣言の草稿を書いていたのがカール・マルクスです。

そこへ、給与だけでは食えない女工達が素人娼婦のような生き方をしているのに腹を立て、女性の権利確立の為に立ち上がったのが、ポール・ゴーギャンの祖母であり革命の美女といわれている、社会主義者のフローラ・トリスタン。

彼らに加えて椿姫のモデルとなったアルフォンシーヌ・プレシ、「椿姫」の原作者のアレクサンドル・デュマ・フィスらは封建的土地制度から産業資本主義に移行する際のフランスの社会構造が持つゆがみ、ひずみの中から誕生した人たちです。

フランス革命以降、それまでカトリックが絶対であったパリで修道院は閉鎖され、一時はミサも禁止されるありようだったと歴史の本には記してあります。そしてもちろんそれらの思想・行動のベースにあるのが唯物論でした。

つまり、ニーチェが言ったように神は死んだのです。

翻って、ラ・トラヴィアータが初演された地は敬虔なカトリックがベースにあるイタリアです。

道徳的な基準でいうとパリより遥かに厳しい文化を持つ国。イタリアでは神の前で誓いを立てた結婚を破棄することは神への冒涜であり、娼婦として奔放に生活をおくるヴィオレッタの生き様は、カトリックの教義から見れば道を誤っていたのでしょう。

ちなみに離婚がイタリアで法的に認められたのは1970年。今でもイタリアでは離婚申請をすると3年間の別居生活の後でなければ手続きを進めることができません。挙式のときには神父が祝福を受ける二人に手をかざし「神が合わせたものを人が離そうとしてはいけない」と述べます。

余談ですが、イタリアではベッドや部屋にダブルという概念は無いんです。彼の地でダブルの部屋が欲しければマトリモニアーレ(Matrimoniale)というしかなく、意味は「結婚している人の為の部屋」です。

その一方、パリにはナポレオンの時代から娼婦街、ストラスブール・サン・ドニがあった、という決定的な違いがあるのでしょう。だからね、というわけではないでしょうが、イタリアではというかイタリア人にとって、既婚者は安心されて大変モテるらしいです。

そのような文化・思想背景を持つ国で、自由奔放に快楽に身を委ねた生活を好きなだけ享受する主人公の女が舞台に上がったら、「ありえんだろ(悔しいけど)」という感情の発露が大ブーイングだったんじゃないのかなというのがぼくの想像です。

加えてこの時までに好評だったヴェルディの作品、「エルナーニ」や「リゴレット」(※共にヴィネツィアのフェニーチェ劇場が初演)にあるような力強さ・怒り・復讐というテーマはラ・トラヴィアータには無く、あるのはケツの青いアルフレッドの甘えと嫉妬が混ざった怒りだけです。

それ以外にこのヴェルディの音楽にあるのはピュアな愛のメロディー。娼婦として生活している女があまりにも純粋に愛を表現する、この点が当時のイタリアでは違和感として捉えられたのではないでしょうか。

日本では「椿姫」として知られていますが、原題は “La traviata” と書くようです。意味は「道を誤った女」です。

 

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