ある年のお正月、初日の出です。
画家のアトリエから程なくの筑波山、パープルラインからの眺望です。

画面右、遠景に望むのは富士山、左に向かっていくと東京都内、新宿の高層ビル群からスカイツリーのようです。光の調子は富士山からはじまり少しづつ深みを増して画面左へと流れていきます。

そこへ華を添えるとんび。各々違う向きに飛んでいるのはとんびの習性によるものか、あるいは画家の意図したものなのかは定かではありません。

いったいなにを思って元旦から筑波山へ登ったのか、単に初日の出を見に行ったのか、あるいは着想を求めてなのか。いずれにしろこの景色の中に美しさを見つけ、画面に定着させる事ができたのでしょう。

安東克典、Up North期の作品です。

絵のサイズ:735mmx290mm
紙のサイズ:825mmx380mm
イラストボード・カラーペンシル

夏にはまだ早い季節。
新しい着想を得ることを求め、画家はアトリエの近くで散策をしていました。住宅街を抜け、少し広い場所へ出たとき、そこに、ひとつの光景を見つけました。

太陽はほぼ真上。強い陽射しが木漏れ日となって降り注ぎ、奥に広がる景色とのコントラスト。茶色と緑の補色の関係に加えて、水平線を高い位置にした構図は拡がりと空気の存在を思わせてくれます。

この絵を寓意図として観ることもできます。木の後ろにベンチがあります。写真であればそこにあるものは写ってしまうのですが、これは絵です。欲しくなければ描かなくてもよかったはずです。にもかかわらず描いてあるベンチ、しかも向こうを向いています。

このベンチは西洋絵画のリアリズムとは違う気がします。力強い木の幹と木漏れ日が綾なす影、向こう向きに置かれたベンチ。つまりこれは安東の決意を表しているとも云えます。ベンチは彼岸の彼方を表し、その前に立ちふさがるエネルギッシュな木。影と光はさまよう魂。描き続けるんだという、画家の強い意志をこの絵で表現しているようにも見えます。

安東克典、Up North期の作品です。

絵のサイズ:490mmx685mm
紙のサイズ:600mmx795mm
イラストボード・カラーペンシル

花の静物画です。

こういう絵はたいてい花瓶に入っていますが、ごらんのようにこの絵もそうです。
花瓶は中が空っぽで、外側がかたいことによって容れ物になっていますが、この花瓶に大きな意味があると読み解きます。外がかたくて中がうつろ、つまりこの世界、あるいは人生を表しています。

この絵の場合、花瓶は硝子でできているようですが、余計に儚くて割れやすいということの象徴です。

そして花が活けられています。ひまわりのようにも見えますが、ひまわりだとすると夏の花として知られています。花言葉は、太陽を追って向いていくことから、あこがれ、あなたを見つめる、愛慕、敬慕、崇拝、情熱という意味もあるようです。

つまり、あなたの人生はいま輝いているよ、ということを読み解いていくこともできます。

絵を見るという行為から読むということが始まったのは15世紀、ルネッサンスの頃からだと言われています。
そういった寓意図としての鑑賞も愉しい、安東克典、Up North期の一幅です。

絵のサイズ:300mmx205mm
紙のサイズ:380mmx285mm
イラストボード・カラーペンシル

尻屋埼灯台。青森県下北郡尻屋崎に立つ灯台です。高さは約30メートル、日本一高いレンガ灯台です。梅雨入り前の6月のある朝の光景です。

朝の光は綺麗ですね。陽がまだ上らない夜明け、空が段々と白くなってきて、太陽が顔を出す直前、時間にして約15分ほどですが、とても美しい光が訪れます。

その光を描きたかったのか、灯台へモチーフを重ねたのか。それは描いた本人に尋ねても、きっとわからないことでしょう。鑑賞者としてはただただ、その一切を愛でるだけです。

あらためて絵を描きたい、美への強い希求から画家は旅をしていました。

その旅の中で出会った一つの光景が灯台でした。歳月と風雪、荒波に揉まれてきた灯台の佇む姿に画家は生と死というあたらしいモチーフを見つけたのです。

描き続けるのは自らの生をまっとうするため。それは果てしある挑戦とも言えます。一つところに止まると書いて正しい、と読みますが、その一方、とどまり続けることは濁りを意味します。

今は逆らえない流れの中に見を置こう、そう感じていたのかも知れません。
安東克典、Down South期の作品です。

絵のサイズ:515mmx364mm
紙のサイズ:605mmx455mm
イラストボード・カラーペンシル

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