#13 Something like a Water Ways Flow Backward Again.

「おいしいよ、このティラミス、ちょっと食べる?」
「うん、ありがとう、大丈夫。」
「ティラミスの意味知ってる?」
「意味?」
「うん。」
「なに?」
「わたしを元気づけてっていう意味なんだよ。」
「へぇぇぇぇ。」
「ティラが引っ張ってで、ミがわたしを、んでスが上にっていう意味。」
「そうなんだ。」
「わたしを上に引っ張ってって意味でわたしを元気づけてって感じ。」
「でもなんで?」
「天気が悪かったり、なんやかんやでオンナって甘いもの必要なときあるでしょ。」
「あるある。」
「それでこんな名前が付いたらしいよ。」


夕方というには遅すぎる午後7時半。


奈津美のオフィスがあるビルの1階にあるコーヒーショップで「これからお昼食べます、あと30分で閉まっちゃうから。」という情報を仕入れた俺は、まんまと奈津美とお茶を飲んでいた。


まったく奈津美の会社の人たちはとんでもない時間に食事をするから、大変だよね。
ハードワークで体をこわさなきゃいいけどさ。


「決めた?」
「決めたよ。」
「どんなプラン?」
「松竹梅毒蝮と5段階あるけど、どれがいい?」
「なんですか〜、それ。」


説明した。


○●○



「それで温泉をプランに入れたんだ。」
「まあね。」
「お主もワルのよー。」
「かかか、苦しゅうない。」
「お戯れはお止めくだされ〜、か。」
「別にそれが目的じゃないけどさ、万が一の時、気まずい思いさせたくないじゃん。」
「まぁ、確かに、オンナはあの日だと温泉に入らないからな。」
「ですよ。」
「いざとなって、ゴメン、今日、オンナの子の日なんだってのは、ちょっとね。」
「はい。」


帰宅すると津田に電話をして奈津美の事を話した。


「で、コードネームは?」
「オペレーション・オーヴァーロード。」
「わはは、あのチャーチルが指揮したノルマンディー上陸作戦の名前か。」
「左様。」
「まあ、そのくらい心してかかれって事だな。」
「しかし、万難を排して、石橋を叩いてこわしてもね。」
「人事を尽くして天命を待つってね。」
「天命かぁ。」
「ところで佳代ちゃんの方はどうなの?」
「お魚は網の中って感じだね。」
「おっ、いいじゃない。」
「まあ、こっちはしばらくほっといてもさ、毎日顔を合わせるわけだし。」
「つかず離れず、バランスの取れた距離感、大事だからね。」
「スープの冷めない距離ってヤツ。」
「ほっといてもダメ、かまいすぎてもダメ、めんどくさい生き物だよね。」
「今は奈津美に集中、戦術兵器は海と温泉というわけさ。」
「健闘を祈ります。」
「うむ。」


津田との電話を切るとキッチンへ行きコーヒーを淹れる。


パーコレーターに水を入れ、コーヒーを適量(これが大事なのだ)計り、沸騰すると火を止めた。
生クリームの代わりに牛乳を入れ、マグカップを持ったままベランダへ出て煙草を吸う。

遠くの方で電車の走っている音がきこえる。

奈津美との関係について考えた。


スコット・フィッツジェラルドがグレート・ギャッツビーの中でこんなことを言っている。


「その女にキスし、言葉に表せない自分の夢を彼女のはかない命と永遠に結びつけた時、自分の心が神の心のように思いのままに馳せ回ることが二度とないことを彼は承知していた。」

確かにそうなんだよね、うーむ。

レイモンド・チャンドラーは長いお別れの中でテリー・レノックスにこう言わせていた。


「最初のキスには魔力がある。二度目はずっとしたくなる。三度目はもう感激がない。それからは女の服を脱がせるだけだ。」


秩序は離れて見る場合にのみ存在する、近くによると何事も汚らしい。