#4 夏の手前。家の前まで

「串焼きの串を夾竹桃の枝にした人がいてね、」
「キョウチクトウ?」
「あそこに咲いてるやつ。白の。」
     
夏の夜気の中に、盛りの夾竹桃は野生の花束だった。



男子諸賢はご存知のとおり、性的な欲求は、「目的」から逆算して、周到にステップを準備して、演出する。素直におしゃべり、出来なかったりする。



素直じゃないかわりに、見る人が見れば、「露骨」なのかもしれないけど。


・・・せっかく好きな人といるのに、あの窮屈さたるや。
   
奈津美のまるい肩から、自然と、花の重みでベンチに向ってしなだれている夾竹桃に目が向いて、すこし「目的」から、解放された。無論、全くとは、言いませんが。



当然、通いなれている奈津美の足取りの確かさが、目にすることのない、彼女の普段の姿を想像させる。


通勤。買い出し。友達を駅に迎えに行く。今日、会うまでの忙しげな顔。


段々とそのすべての起点、「家」の前に近づいていると思うと、彼女の服装や、メイクや、バッグの中身、全部が緊張をやめて、左を歩く奈津美の笑顔も、真に普段のそれに、近づいていく感じがする。


何とか、伝わってますかね?
このカンジ・・・
   
「あれ、キョウチクトウって言うんだ。串にすると、どうなるの?」
「一人ね、死んじゃったんだよ。ひどい腹痛とか、するらしい。毒があるんだよ。」
「え。身近な毒物。よく、覚えとこう。」
   
物騒な、と笑いあっている間に、奈津美のマンションの、前に着いた。
七階建ての、戸数の少なそうな、エントランスのいやに明るいオートロック。
   
「ちょっと持ってくれる?」


バッグを預けて、郵便を取り出す。
宅配ピザのキャンペーンのチラシに、封筒が二つ三つ。


それぞれに一瞥を投げて、あのピスタチオの指に何でもなくつまんだ頼もしい仕草が、本日最後にして、最高のシーンかと目を凝らしていると、そのまま歩きだして、振り向かずにロックを解除する奈津美に、かばん、と声をかけてしまう。


あー、真面目か、おれ。
黙ってエレベーター、乗らんかい。
忘れてるわけ、ないじゃん。
それが.03mm忍ばせた男の、言うコトかね。
    
奈津美は声を漏らして笑って、ボタンを押すと、真夜中のエレベーターに、電気が点いた。

「『家の前』まで、送ってくれるんでしょ?」