「帰りは運転するから、飲んでいいわよ。」
彼女の言葉に誘われ麦焼酎のお湯割りを頼み、シメに茶飯とお新香を食べほうじ茶をもらった。
「夜は寒いわね。」
「いこうか。」
キーホルダーを彼女に渡し助手席に乗る。
自分のクルマの助手席に座るというのはなんだか不思議な感覚だ。
彼女はシートの位置をアジャストしシートベルトをすると、トランスミッションがニュートラルになっていることを確認してクラッチを踏みエンジンをかける。
ちらっとミラーを見るとブレーキをリリースしアイドリングに近い回転数でクラッチをつなぐ。フライ・バイ・ワイヤのスロットルは適度な重さがあるが、慣れないとトラベルのフィーリングが掴みにくい。彼女もそうだったがすぐにコツをつかみゆっくりと加速していく。
通りに出てセカンドにシフトアップする、ギアを鳴らさなかった。
右側に月と海を見ながら、アップダウンを繰り返すワインディングとは言い難い道をスロットルのオン・オフだけで抜け、高速に乗る頃にはすでにクルマを自分のものにしていた。
ギアチェンジの度にギアレバーとシフトゲートの擦れあうシャイーンという音が心地よい。
来たときとは逆に道をたどり、湾岸線から首都高速環状線に入る。
周りの流れよりも少しだけ早く走っていく。
インターチェンジのゆるい左カーブが近づく。
彼女はスロットルをほんの少し戻しフロントに加重を移す。
同時にステアリングを切り、ほとんどロールしないままリアタイヤにヨーが生まれ、クルマが向きを変え始めるとスロットルを踏み込む。
ヴェリアのタコメーターが 4000rpm を超え、それまでくぐもった音を奏でていたエンジンが血の流れが滑らかになったように鳴き始める。
その刹那、ドライバーもルビコンを超える覚悟をクルマから期待される。
クルマがドライバーを挑発しドライバーがクルマに挑戦する領域に入る。
その瞬間を理解し愛することができなければ、ドライバーとしての価値はない。
ここからは曲がりが多い。
彼女はステアリングに軽く手を添え、少しあごを上げながら運転していく。
高速を降りると今まで鳴いていたエンジンをささやくように回しゆっくりと走る。
次の信号を左折すると彼女の家まで20分もかからない、
躊躇なく右に曲がると彼女は俺の家の駐車場にクルマを停めた。
イグニッションを切り自分の方を向く。
瞳が潤んでるのは運転していたから?
「ここでバイバイする? それともお茶をごちそうしてくれる?」
「紅茶、買っておいたんだ。」
エレベーターを上がり、部屋にはいると電気を点けた。
ポットで湯を沸かし、濃いめの紅茶を淹れ、彼女の好きなイングリッシュティを作る。
ミルクを先だっけ、それとも紅茶? 迷ったので両方同時にカップに注ぐ。
「お茶淹れたんだけど。」
「ありがとう。」
「濃かったら、お湯ここにあるから。」
彼女はジャケットを脱ぎ、ソファーに膝を揃えて座っている。
足にはピアスの色に合うネイルをしていた。
遠慮がちに少し離れ、並んで座った。
体温を感じるくらいの距離まで近づいてみる、懐かしい、甘いにおいがする。
そっと髪に触れる。
「ラブシーンなんでしょ、キスして。」
突然、そういうことを言うのは相変わらずだった。
遠慮がちに唇をあわせてみる。
忘れていた感触を思い出した。
「なに? いまの?」
「・・・・?」
「忘れちゃったの?」
言うなり彼女は唇をあわせてくる。
肩を抱いていた腕で彼女の頸を支えるようにする。
もう一方の手で彼女の手を握り指を絡ませた。
甘くて深いキスをした。
「上手にできるじゃない、朝はコーヒーを淹れてあげる。」
窓際のデスクに置いてある iPod のスイッチを入れた。
シャッフルプレイになっている iTuens からスティーリー・ダンの Do it again がはじまる。